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実家の片付け(3)~ここにもあったのか [整理整頓と片付け]

(1)盲点だった車庫の2階

母の四十九日の準備を進めている中で、来客用の座布団が必要になりました。
普段使いの座布団でいいのではないかと思っていましたが、父が「ここにしまってあるはずだ」と別棟の車庫の2階に上がっていきました。
車庫は車3台分のスペースがあり、2階もそれと同じ広さがあります。

この車庫が出来たのは私が家を出てからだったので、ここに何があるのかそれまで全く知りませんでした。
広い畳敷きのスペース、ご丁寧に押し入れまであります。
その押し入れに、目的の客用座布団は確かに収納されていました。

しかし、それ以上に大量の大型のモノが置かれていたのです。
中身が不明の沢山の段ボール、置かれた棚いっぱいの引き出物の鍋、いくつもの古いストープや扇風機、巨大なスピーカーとアンプ、78回転のレコード盤、そのレコードプレーヤーなどなど。
haiki2.JPG

車のキャリアや何かの部品、私の一人暮らしのカラーボックスや食器棚、妹の一人暮らしのこたつ。。。
妹の結納品の朱色の酒樽とか大きな水引の飾りとか、ちょっとゴミとして捨てられない物もありました。

そして、昔の蔵の中にあった祖母の長持ちや木箱入りの昔の食器があり、「ここにあったのか」と思いました。
蔵がなくなったときに、その中のものは全部処分したのかと思っていたので、やっぱり処分しきれなかったんだなと納得してしまいました。

見つけたときは、その量に圧倒されましたが、これは妹に相談して処分するしかない、と覚悟を決めました。
大きくて一人では1階まで下ろすこともできないものもあり、誰かと一緒でなくては到底無理でした。

ともかく四十九日が終わって落ち着いてから、処分に着手しようと決めました。


(2)蔵

ちょっと話はそれますが、引っ越す前の家にあった蔵のことについて記しておこうと思います。
引っ越す前の家は当時で築80年ほどだと聞いていましたが、蔵の築年数も大体それ位なのではないかと思います。
家は引っ越してしばらくしてから取り壊してしまいましたが、蔵は私が家を出た30数年前もそのままになっていました。
何度が両親が、蔵の中ものの片付けをしていたのは薄い記憶にあります。

その蔵は、15年ほど前に帰った時に無くなっていました。
母親に聞いたら、「夫婦二人で取り壊した」と言うではありませんか。びっくりしました。
屋根に上って瓦を下ろし、土壁を叩いて壊し、骨組みの柱を切り、少し離れた山の畑で焼却して処分したそうです。(※野焼きは野焼きは本当は良くないです)
当時60代だったの両親は、まだまだ元気だったのです。

壊せば土に帰る壁と燃やして灰にして土に返せる柱。
昔の家と言うのはエコだなあと改めて思いました。
瓦はどうしたのか聞きませんでしたが、敷地に埋めて処分したのかもしれません。
瓦も土を焼いたものなので、エコなことには変わりないですね。

蔵の取り壊しや片付けを言い出したのは、おそらく母だろうなと思っています。
母なりに祖父母の代からのものを片付けてきていたのだと思いました。
それでも処分できなかったものが、車庫の2階に収められていたのだなあと。


(3)作業所

父親は車庫や作業所など、何か建てるのが好きなようで、車庫をわざわざお金をかけて2階建てにしていました。
そこまでする必要はない、と大工さんに言われたにもかかわらずです。
つましい実家の家計から見たら、散財でしかないのに。
その2階に大量のモノがあったということは、作業所は一体どうなっているのかと、恐る恐る覗いてみました。

1階には大きな棚がいくつかあり、大量の工具やカマ、ナタ、クギやネジなども鉄製のものが沢山。
その他、味噌を作っていた大きな樽や漬物用の中くらいの樽、なにかの道具などなど。
冬の作業用に薪ストーブもあるので、一つの壁には薪が積み上げられており、その焚き付けとなる小枝やスギの枯葉もあります。
それでも1階は時々覗いていたので、想定内の物量でした。圧倒的ではありますけどね(-_-)

2階は、、、、一見して素人には手に負えないと思いました。
板や柱のような大きな木材が壁にも沢山立てかけられており、さらに天上の梁を渡して大量に木材が収納されていました。
端材のような木材は、車庫の壁にも恐ろしいほど立てかけてありましたが、さらにその上を行く量でした。
木材は作業所の軒下にも積み上げられており、一体何をするためにこんなに大量の木材を保管しているんだろうとあきれるばかり。

これだけあれば、薪ストーブで二冬くらい余裕で越せそうだなと見ていました。
薪にする労力の方が大変でしょうけど。

木材があれば、小屋の修理や何かの役立つからと父が無目的に集めていたとしか思えません。
確かに体が元気だったころは、木材を使うこともあったのでしょうし、農作業が人手がメインだった40年50年前は必要だったのかもしれません。
それにしてもこんなには要らないし、使わないと思ったら手放せばいいものを。
足腰が弱ってからは、もう運ぶことも出来ないので片付けられず、捨てることもできず、そのままだったのでしょう。
何より、昔からの考え方も変えることのできないまま、父はため込んでしまったんだろうと思いました。

もうここはお金をかけて業者に頼むしかない、と見立てました。


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実家の片付け(2)~取り掛かる前に [整理整頓と片付け]

(1)片付けの方針

片付け本を何冊か読んだ上で、おおまかに以下の方針をたてました。

 ・生活する上で危険な場所がないように片付ける
「が安全に楽に暮らせるようにする」ことが一番最初に必要と思いました。
処分の理由がはっきりしているものは、両親にも説得がしやすいですし、何よりこちらも安心です。

 ・明らかなゴミは捨てる
重くて捨てられないもの、
修理して使う予定でおいてあるけれど、もう使う予定もなさそうなもの、
捨て方がわからず、そのままになっているもの
なども、明らかなゴミ。
さっさと捨てるに限ります。

 ・見えていない物は聞かずに処分する
両親に「これいるの?」と見せて訊いたら、「まだ使えるからそのままにしておいて」と言われてしまいます。
でも訊かなければ、そもそもの存在も忘れてしまっています。(特にうちの父親)
粗品や引き出物、無くても困らないものなどは、見つからないように処分しようと思います。

 ・場所別に片付ける
「まずこの部屋の床を空ける」とか「この部屋の物を分類する」とか、場所ごとに目的を決めると片付けが進めやすい。



(2)不用品の処分方法

実家のゴミ収集日に合わせることはほぼ不可能なので、まとめてゴミを処分する方法や不用品リサイクルについて調べておきました。


・不燃ごみ、粗大ごみ

実家のある自治体では、大量のごみを処分する場合は、事前にごみ処理場に申し込みをしてからでないと持ち込むことはできません。
また、粗大ごみについてはごみ処理券を貼って持ち込む、となっていました。
かつ、ごみ持込ができる処理場までは結構遠く(車で40分弱)、なかなか捨てるハードルは高いです。
しかし、いざ大量にゴミを処分しなくてはならなくなったら、この方法しかありません。

ちなみに、私が住んでいる市では、予約不要で平日に車で持ち込めば、ごみの重量ごとの料金を払うことで処分して貰えます。
粗大ごみもごみ券は貼らなくても大丈夫。
高速使って1時間と少しかかる場所ではありますが、こちらの方が処分は楽だなと思っています。


・新品の引き出物、粗品など

リサイクルショップ利用が第一候補になります。
しかし、実家はど田舎なので、最寄りのリサイクルショップでも車で30分ほどかかるので、出張買取がいいのかもしれません。
条件がそろえば、持ち込み処分もしようと思っています。


・古いもの

現在の家に引っ越す前は築80年の茅葺屋根の家に住んでいたし、土蔵もあったことから、古道具屋に引き取ってもらえそうなものも少しあります。
リサイクル品と一緒に出張で引き取ってくれる業者さんもあるようなので、ネットで調べたり、新聞に入って来たチラシを保管しておいたりと情報収集しています。
これらはいよいよ取り壊すことになったら、連絡しようと思っています。


・着物、レコードなど

捨てるよりは必要な人に買い取って貰いたいもの。
着物はネットで調べても、出張買取か宅配買取が一般的なようです。
このチラシの所で処分になるかな?
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レコードはあまり売れないようですが、タイトルによっては値段のつくものもあるようです。
私のアニメオタク時代のものは、少しは売れないかな~と思っていますが、どうでしょう?
ヤフオクかメルカリ、または他と一緒に買取業者になるかなと思っています。



(3)片付けの見通し

急いで片付けた方がいいのは、台所でした。
吊り戸棚の上に収納されているいくつもの鍋類。地震がきて落ちて来たらケガにつながります。
そもそもの吊戸棚の中にも重いものが入っていれば危険度は同じなので、中を確認して重いものは処分するか他のところに収納しなくてはなりません。
明らかに使っていない物なのですが、これを処分するのは、母親がいやがるだろうなとも思ったのでした。

実際にこれを処分できたのは、母が亡くなって四十九日が過ぎてからでした。

晩年の母は随分体が弱って入退院を繰り返し、食も細くなって、段々と台所にも立てなくなっていました。
そんな状態の母の横で、あれこれモノを捨てていたら、もう終い支度をしているようなものになります。
なので、御見舞いや入退院の荷物を運びに行った折に、家のあちこちを眺めて処分の見通しを立てていたのでした。

家を見まわして、ここにあるものはリサイクルショップ、ここはほぼゴミ、これは家を壊す時まで処分できなさそう、、、などとおおまかなあたりをつけていました。

台所の次には、1階の物置状態の部屋を片付けたい。
不用品を処分して、階段をあがらなくてもいいこの部屋に季節外のものを収納すれば、出し入れがしやすいからです。

他は追々と部屋ごとに着手すればなんとかなるかな?と言う感じでした。

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実家の片付け(1)~田舎の家というものは [整理整頓と片付け]

実家の沢山のモノをなんとかしなくちゃ、と本格的に思うようになったのは1年くらい前でしょうか?
あまり正確に覚えていないけれど、何か片付けの本を読んでからだったと思います。

あと、足腰が弱ってきて高いところのものを取れなくなった両親が、居間の畳の上に様々なものを置きっぱなしにしているのが危ないな、と思った事も一因です。
ただ居場所から手の届くところに必要なものがないと生活できないし、今までのモノの置き場所を変えると年寄りは混乱するだけなので、居間には手を付けないことにしました。

ひとまず一体どこにどれだけのモノがあるのかの確認をすることにしました。


(1)片付ける母と捨てない父

結構片付け屋な母は、沢山モノがある家ではありましたが、ちゃんと分類してラベルを書いたり、注意書きを付けたりして、分かり易く収納していました。
「ものは大切に」が身についている世代なので、使う予定の無さそうな新品の頂き物や、使えるけれど今は使っていないものなど、処分すればいいのにと思うものもしまわれています。
腰が曲がり体が弱ってきてからは、モノを見直して整理したり古くなったものを処分することはしなくなっていたようです。
ただ、元気なうちに片付けていたので、モノは収まるべきところに収まっている状態でした。

また、父は整理整頓が下手な上に、なんでも「とっておく」と言い、捨てることを嫌がるので、もう使っていない父のものも沢山ありました。
父は捨てないばかりか、かつては他の人が要らないというものまで貰ってくる人でした。
さすがに最近は貰ってくること事もないようですが、ともかくため込む性質なんだなと思います。


(2)広さだけはある田舎の家

家を建てた頃は7人家族だっただけに、実家は部屋数も多く、広さも収納も十分あります。
でも、老親は2階を利用できるはずもなく、全て空き部屋です。
どの部屋もパッと見は家具以外なく、それほどモノは無いように見えますが、各部屋に押し入れがあるので、実際にはかなりのモノがあることは予想できました。

そして、物置部屋には沢山の未使用品、使わなくなったもの、お土産、粗品などなど。
いつかつかうかもしれない、新品だからもったいない、くれた人の思いがあるからなどの理由で置いてあると思われました。

さらに、農家なので「作業所」と呼んでいるそこそこの広さの小屋があり、農作業用品や漬物樽、除雪用具や工具が大量にしまわれています。
こちらはまだ全く把握もしていない状態。
そのうえ、車3台分の車庫もあり、ここにも工具や車用品があるのがわかっています。

ともかく「モノがいっぱいある」「どこからどう手を付ければいいのだろう。。。」という状態でした。


(3)まずは

そもそも、実家を出て35年は経つ自分の部屋にも、まだ結構な量のものが置いてあるのです。
親にモノの処分を言う前に自分のものを減らさなくちゃ!

ちょこちょこと捨てられるものは捨て、自宅で使えるものは使い、と減らしてみました。
処分したものの一例。子供のころ作ったあみぐるみ、高校の美術の油絵。
あみぐるみ油絵


それでも、処分できないものも多いわけです。
とっておいてあるものの一例。『りぼん』のふろく、内田善美さんの本。
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(ちょっと検索したら、内田善美さんの本はAmazonでもいい値段で売られていました。
 これは処分となったら売ればいいわけですね)

他には中学生の頃からの手紙やノート、小学生の自分の作文などの「誰かが書いた(または描いた)もの」がごっそり処分できないままです。
これはいよいよ家を取り壊すまで、ふんぎりがつかないような気がしています。。。

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読み物特集号(6) [整理整頓と片付け]

引き続き読み特。
『学習科学 6年の読み物特集号』1977年刊
これぞ夏休み!、という表紙。
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目次。
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覚えていたのはこの話。
 「あじさい色の時計」(文・森下真理、絵・大野一興)
   盛夏というのに咲き誇るアジサイの家に住むお姉さんとの交流。
   少しファンタジー要素があって、いかにも少女向けのお話。

 「ヤシの実よ、わがふるさとの岸に届け」(文・鶴見正夫、絵・上総 潮)
   戦争で赴いた南の島から自分の名前を書いて流したヤシの実が、故郷の港に流れ着いた話。実話だそうです。
   ちょっとムーっぽい話。

コナン・ドイル原作の「黒い石の秘密」あたりを覚えていてもよさそうなのに、全く記憶になし。
なので、この話は読み返してみようと思います。

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読み物特集号(5) [整理整頓と片付け]

まだまだ読み物特集号。
『学習科学 5年生の読み物特集号』1976年刊
この学年からA5版になって、文字も2段組み。
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目次。
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なんといってもよく覚えているのは
「金塊輸送作戦」(原作・マクスィーガン、訳・亀山龍樹、絵・池田浩彰)
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 第二次大戦下のノルウェーで、連合国軍の軍資金である金塊を子供たちが雪そりで運ぶお話。実話に基づいているらしいです。
 リアルな挿絵と共にスリリングな冒険話でどんどん読み進んでいった記憶があります。
 長男が5年の時にも読んで「面白い」と言っていたっけ。

あと、雪国に関係する話が3個も載っています。
「青いヤッケの男の子」(文・杉みき子、絵・佐藤忠良)
  雪下ろししていると現れる青いヤッケの男の子の話。
「村を飛びでた少女の道」(文・鶴見正夫、絵・上総潮)
  山古志村の女医さん、小川リツさんの話。
「不思議な雪のこと」(文・高橋喜平、絵・瀬川美津子)
  雪ひもや雪まくりなど雪の性質についてのお話。

編集者に雪国出身の人でもいるのかなーと思いました。

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