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私たちは女性差別に怒っていい [今日のつぶやき]

東京医大の女子の入試点数一律引き下げ事件を契機に、


#私たちは女性差別に怒っていい


というハッシュタグが作られた。
沢山のツイートを見ていると、どれもその通り!と頷かざるを得ない。
恐らく、男性と同じ職種で働いていた女性ならば、多かれ少なかれ今まで何度も感じてきたであろう女性差別。
「怒ってもしょうがない」と思ってきた気持ちを、私も吐き出そうかなと思います。



「いくら勉強ができても、社会に出たら女性は不利」と私が学生だった30年ま前は言われていた。
しかし、学生のうちは「学力」は男女平等だと思っていた。
その30年後の今でも、平等だと思っていた学力判定にも女性差別があったとは、日本はなんとまだ19世紀な社会なのだろう。
そしてそれは一私立大学だけのことではなく、他の医学部でも同様の事情らしい。
(他にも同様のツイートを見かけたのですが、代表してこちらを貼っておきます。)
ツイート.jpg



男性よりの3割頑張らないと、同じ土俵に上がれない。
それは、会社に入ってからも感じたことだった。
私は決して仕事ができる方ではなかったけれども「この男性よりはしっかり仕事してる」と思える場面は沢山ありました。
それでもその男性がリーダだったり、特に出産を経て育児休業からの復帰後は、本当にやりきれない思いをすことが多かった。


子どもの入院と担当していたプロジェクトのピークが重なって、病院に泊まってそこから仕事に行ったり、病室の子どもの横で仕事のプランを考えていたり、必死で担当作業を終わらせた。
それにも上司からは「成果を出せていない」との一言しかなく、変則な休暇の取り方をしたせいで事務手続きを誤って怒られたりと、「どんなに頑張っても会社は認めてはくれないんだ」という不信感しか生まれなかった。

その頃の上司は典型的な「おじさん思考」の人で、育児休暇制度や短時間勤務制度のことも全く分かっておらず、「子供がいるのに短時間勤務でないのはずるい」と言って怒ってきたかと思えば、人事から「短時間勤務は取らせないように」的な事を言われたら「短時間勤務しなくていいよ」とへらへら行ってきたり不信感は増すばかり。


短時間勤務を申請した時も人事部も含めて、なんやかんや言われました。
その出来事は当時webに綴っていた。
2005.8 短時間勤務

この会社が必要としているのは、残業を厭わず働ける男性か同じように働ける女性、能力の高い女性なら出産後も働いていてもいいけど、普通のママ社員はいらないよ、という会社の思惑が透けて見えました。
「高い能力」が女性だけに求められ、男性はさほどでなくとも排除されない、と言うのは入試で一律に点を下げられたのと同じ構図に見える。
恐らく、男性と同じ職で(職場ではなく)働いていた女性なら、どこかで感じていたことではないだろうか。


子どもが急に熱を出しても休めない、トラブル対応で保育園の迎えに間に合わない、2泊3日の宿泊を伴う研修にはベビーシッターさんを頼んで準備しなければ行くことができない。
子ども2人居て、祖父母の支援も受けられず働く事が、容易でないことは、その頃のおじさん上司も、その後の子どもを持たない同期入社の上司にも理解して貰えなかった。


今思えば、不信感しか抱けない会社で、モチベーションを持って働き続けることは出来なかったのだ。
しかし、地方の労働市場では一旦正社員を辞めてしまうと、なかなか同様の待遇の会社に入ることはできないし、働き続けていればもしかしたらもう少しいい評価を得られるかもしれない、と思って働き続けた。
会社への不信感は、ぶつける先のない怒りとなって心のそこにくすぶり続けていた。
「頑張ってもどうしようもない」という思いは、仕事への熱意を奪い、困難な作業をやり抜く気力を奪った。
(まあ言うほど仕事熱心というわけはありませんでしたが)
最後の頃は、本当に仕事が嫌で、お客さんにも迷惑をかけてしまっていた。
こんな人が仕事をしていてはいけない、これ以上ここに居てもいいことは無い、とやっと気づいて会社を辞めたのでした。
(能力的にも、もうこれ以上はついて行けないな、と感じたことも一因ではありましたが。)


心に燻っていた怒りは、何かのきっかけに言葉や態度に現れてしまい、仕事をしている頃の自分はとても怒りっぽく、今よりもさらに嫌な人間だった。
仕事を辞めてからは、「前だったらここで怒っていただろうな」という場面がわかるようになった。
誰かが果たすべき仕事をちゃんとしていない場面に出くわすと、「私はちゃんと仕事していても評価されなかったのに、なんであなたはちゃんと仕事しないでいいの!?」と思うと、燻っていた怒りに火が付いたのだった。
仕事を辞めてからは、前よりは怒りを感じる場面は減ったと思う。
他にも辞めて良かった、と折々に思うことが多い。



大学の少し上の世代から「男女雇用均等法」が施行され、制度上は男女同じように採用されるようになった。
その頃、雇用均等法を学んでい女性の先輩が言っていたこと。
 「女性も男性が働いている職場に入ろうとしたら、男性の働き方が本当に大変な事がわかった。
  なので、男性の働き方をもっと楽にすることで、女性も働けるようにすることを目標にすべきだ。」
不勉強な私でも、世の中はその方向に進んで行くといいなと思っていた。


それから30年以上、男性の職場にも女性は増えてきた。でもそれは、男性と同じように働く女性が現れてきたからだった。
30年前に教わった方向へは、なかなか進んでいないように思う。
結婚して出産を経て、仕事を続けることが無理なくできるような会社は、本当は男性も働きやすい会社であるはずだ。


そういう会社、職場も無いわけではないだろうが、圧倒的に少数であることが、この医学部の女性の点数を一率減点していたことにも現れてる気がする。
「女性医師が多いと病院運営が成り立たない」
女性医師でも運営が成り立つように制度や仕組みを変えればいいのに、そうは考えられない、考えないままここまで日本は来たのだと思う。



家庭を顧り見ず、ひたすらに会社人間でいなければ、会社のいいポストに就けない。
だから結婚できなかったり、子供を産んでも父親不在で母親のワンオペで育てなければならないから、子供は要らないとなってしまう。
子どもが増えるわけはない。少子化対策と言うけれど、もっとお父さんを家庭に返してやれば、出生率もあがるだろう。

非人間的な労働は心を病む人を増やしてしまう。
誰もがタフで会社人間になりきれるわけではない。
心を病むまで働かなくてもいいはずだ、それは性別を問わず当たり前のことなのに。



人手不足ならなおさら、だれもが働きやすい職場や会社を目指して行くべきではないのか。
これを機に変わって行ってほしい。
今は女性の特権である専業主婦の立場の自分ができることはないかもしれないけれど、そう願っている。

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